2008年3月20日木曜日
タージマハルホテル滞在
ムンバイの最後の記念にとタージマハルホテルの旧館に家族3人で宿泊してきました。




このホテルはムンバイで一番歴史のあるホテル。旧館はほんとのタージマハル(ムンバイからは遠いアグラという場所にある)のイメージを再現して白い大理石がメイン。2002年に改装されたとかでとっても綺麗で清潔でした。ムンバイ観光ポイントのインド門も部屋の窓から目の前に見えます。ベッドも大きくてリー君もずっとご機嫌。寝返りはまだですがごろごろ、バタバタ、楽しんでいたみたい。各部屋のドアの外も屋内ですが、天井から外の光が入るつくりで、明るく、静か。宿泊客しか入れないホールの周りは沢山の調度品が置かれていて、博物館さながら。おのぼりさんみたく沢山記念撮影しました。
今回はホテルでのんびり滞在することが目的だったので、ホテルの中や外を散歩したり、バスタブを堪能したり(うちはシャワーしかないからね)しました。翌朝は12時チェックアウトまでのんびり過ごすからと、朝ごはんもルームサービスを頼んでみたところ、朝8時頃にも関わらず、きちっと白い手袋をはめたサーバントのおじさんがテーブルクロスを掛けたテーブルごとやってきて、セッティングしてくれました。ハチミツの瓶があったのだけど、蓋を開けますか?と聞いて開けてくれたり。おぉー優雅ではないですか!もちろんお料理は保温ボックスに入ってきました。
のんびり滞在とはいいつつも、せっかくダウンタウンに来たのだからと到着した日は平日しかやっていないお店でランチを食べ、夜は近くのお店で友人と会食し、翌日は帰り際に会いたかったお友達の家におじゃまして、それぞれの赤ちゃんをご対面させてきました。ダウンタウンのお友達の家は子連れだとなかなかいけなかったので、ほんとうにいいチャンスでした。おいしいものを食べて、楽しい思い出を作って、あとは引越し準備に追われるだけとなりました。仕事を一生懸命片付けてお休みを取って連れて行ってくれただんな君に感謝です。写真は朝日を浴びるインド門を窓ごしに撮影したもの。
2007年8月7日火曜日
ドービーガート:洗濯場
前回のムンバイ観光スポット紹介から少し更新が遅れましたが、ここはやっぱり載せておきたいと思います。
ドービーとは洗濯カーストの人たちのこと。ガートまたはガットとは~場という意味で、つまりドビーガート=洗濯場ということになります。この写真はMahalaxmi駅の横にあるムンバイ最大の洗濯場です。小さいものは他にもあるらしいのですが、ここは大通りからすぐ見ることができることもあり、色々なガイドブックに載るくらいの観光?スポットになっているといえます。ここでは主に病院やホテル(どのレベルのものまでかは知らないが・・・)から出る制服やシーツといった洗濯物が運び込まれて洗われていきます。行った日は雨季の合間の晴れ日でしたから、沢山洗濯物が干されていました。車で駅前を通り過ぎる分には気がつかないのですが、車を止めて塀を覗くとこんなに整然と洗濯物が干されているんだ~と最初に見たときは感動しました。
洗濯の方法は区分けされた水溜に水と洗剤を張りそこに打ち付けるようにしていわゆる叩き洗い?です。お水の色は灰色で、シーツは何色に仕上がるのだろうかとかいらぬ想像をしてしまいます。この場所で5,000人は働いているとガイドブックには載っていました。今まで何度か人を連れたりして訪れてはいるのものの、階段下には下りたことがなかったのですが、インド通チャレンジャーな後輩H君はトコトコと降りていって作業場を覗きに行きました。お代の請求されるんちゃうかーと思ってましたが、そんなこともなく、ワーカーさんは入れ入れとニコニコしてたそうです。でも洗剤や色々な臭いがとにかくすごかったのでちょっと無理っぽかったみたい。ちなみに、洗濯と一緒にワーカーさん自分の体もゴシゴシ洗ってたらしいです(笑) 。
洗濯の方法は区分けされた水溜に水と洗剤を張りそこに打ち付けるようにしていわゆる叩き洗い?です。お水の色は灰色で、シーツは何色に仕上がるのだろうかとかいらぬ想像をしてしまいます。この場所で5,000人は働いているとガイドブックには載っていました。今まで何度か人を連れたりして訪れてはいるのものの、階段下には下りたことがなかったのですが、インド通チャレンジャーな後輩H君はトコトコと降りていって作業場を覗きに行きました。お代の請求されるんちゃうかーと思ってましたが、そんなこともなく、ワーカーさんは入れ入れとニコニコしてたそうです。でも洗剤や色々な臭いがとにかくすごかったのでちょっと無理っぽかったみたい。ちなみに、洗濯と一緒にワーカーさん自分の体もゴシゴシ洗ってたらしいです(笑) 。
2007年7月31日火曜日
ムンバイらしい二つのお寺
バンガンガへ行った同じ日に、二つの寺院へも行きました。
ひとつはジャイナ教のJain Temple(photobyちー子)。ジャイナ教の総本山はムンバイのあるマハラシュトラ州の隣、グジャラート州にあり、グジャラート出身の人が信者であることが多いのですが、ムンバイにはグジャラートの人も多いのでとても立派な寺院があります(寺内の掲示物は全てグジャラート語で書かれてました)。バンガンガと同じくマラバーヒル地区にあるこのお寺は、広くはないけれどとても清潔で、また熱心な信者で溢れていました。寺院へは裸足で入りますがそれも気にならないくらい掃除されていて、床石もツルツルのよさげな石でした。ジャイナ教は仏教と同じ頃に始まった宗教で信者数は仏教徒と同じくらいでインド人口の0.5%ほど。殺生を禁じることから信者は基本ベジタリアン。根菜類も土中の生物を殺してしまう可能性があることから禁じられています。この為農業に従事することも基本的には禁じられていて、ジャイナ教の人はグジャラート出身の場合、地域柄もあって商人として成功している人が多いといわれています。お寺が立派なのはそういうこともあるのかなと思いました。
もう一つは、ムンバデビテンプル。ムンバイの名前の発祥となったといわれるお寺で、この土地の女神様を祭ってあるそうですが、18世紀に現在の場所サベリバザールの近くへ移転したとガイドブックにはありました。このサベリバザールはローカルマーケットとしてまた銀細工アクセサリーで有名な市場ですが、むちゃくちゃローカルなこともあってなんとも人が多く、また物乞い親子もしっかり着いてくるし歩くだけで体力を消耗します。寺院に入る際にはカバンチェック(4年前にここでもテロがありましたから)なのですが、顔をみてスルー。中ではお香がばんばん焚かれ、お供えのココナツやギー(バター)のかたまり、それらを捨てたゴミ等などから想像もつかない臭いに襲われ、くらくら・・・。

寺院内部に入るには靴を脱がなくてはならないのですが、ジャイナテンプルと比べると人も倍以上いるし、いろんなものが落ちてるし、気合が足りなかったようで、私は外から見学に。。。インドエキスパートなだんな君の後輩H君はさっさと中に入って見学していたようでした。すごいっ。こちらの結婚式でもよくみかけたココナツの実をお供え物にするらしく、境内(というのかな?)周辺にはお供えグッズを売るお店がびっしり軒を連ねています。門前町が境内に入っちゃった、みたいなつくりで混雑がすごかった。
ひとつはジャイナ教のJain Temple(photobyちー子)。ジャイナ教の総本山はムンバイのあるマハラシュトラ州の隣、グジャラート州にあり、グジャラート出身の人が信者であることが多いのですが、ムンバイにはグジャラートの人も多いのでとても立派な寺院があります(寺内の掲示物は全てグジャラート語で書かれてました)。バンガンガと同じくマラバーヒル地区にあるこのお寺は、広くはないけれどとても清潔で、また熱心な信者で溢れていました。寺院へは裸足で入りますがそれも気にならないくらい掃除されていて、床石もツルツルのよさげな石でした。ジャイナ教は仏教と同じ頃に始まった宗教で信者数は仏教徒と同じくらいでインド人口の0.5%ほど。殺生を禁じることから信者は基本ベジタリアン。根菜類も土中の生物を殺してしまう可能性があることから禁じられています。この為農業に従事することも基本的には禁じられていて、ジャイナ教の人はグジャラート出身の場合、地域柄もあって商人として成功している人が多いといわれています。お寺が立派なのはそういうこともあるのかなと思いました。
ムンバイで沐浴ができる場所:バンガンガー
ちー子が来てくれたおかげで行ってみることができた観光地ひとつめ、です。だんな君は以前から行きたかったみたいなんですが、最近あまり時間もとれず雨季ということもあって実行に移せないでいました。
某日本の有名ガイドブックにはまったく書かれていないこの隠れスポット、バンガンガー、英語のガイドにはBanganga Tankと記載されています。Tankという名のとおり貯水池のようなものですが湧き水だそうです。ヒンズー寺院が隣接しており(Walkeshwar Temple)寺院が管理しています。何度か作り変えられたみたいですが、歴史は古く、またすぐ近くに海があるのに真水の池だったことか、昔からヒンドゥの神様が水を与えたといわれているそうです。場所はムンバイ屈指の高級住宅街Malabar Hillの先端でアラビア海に面する道路を少しったところにあります。(photobyだんな君)。この存在を全く知らなかった私は、つい数日前に日本人の知人宅へお邪魔したばかりで、同じ道の先にそんなものがあるとは!!と驚きました。その先に道があることも予想できないような場所で車を降りて(道が狭くては入れない)歩くこと10分弱、周りは野菜売りや路上散髪屋があったり人々の生活道路の合間を通ります。海辺であることと生活道路であることと雨季なのに晴れ間だったことから路上はすごい臭い(いわゆる腐臭ですね♪)がしていたので、だんな君達にもう無理だよ~帰ろう・・・と弱音を吐いた私、ナサケナイ。
でも着いてみると水辺だけあって気持ちがいい。神聖な場所だけあってとっても静か。貯水池内では数人の男性が上手にパンツを腰巻に履き替えて水浴びをしていました。沐浴というより、ただ漬かっているってかんじでしょうか。暑い日だったこともあってお水はとっても緑色!なのですが、みなさん気持ちよさげに談笑してます。(photobyだんな君)
帰り際、車へ戻るまでの道沿いで少年達が草クリケットをしていました。見えるかな?ウィケットは木の板でした。バットとボールさえあればなんとかプレイできるのは野球と共通ですね。ちなみにこのバンガンガ、毎年1月に音楽祭があるそうです。貯水場の階段に座って音楽を野外で聞けるんだそう。今年知っていたら行ってみたかったなー。来年?いやいや~。
2007年7月30日月曜日
二人目の客人
週末まで約3週間日本からの知人がbeni家に滞在しました。3月の福ちゃん以来2人目のお客様でした。今回の客人ちー子の希望は旅行へ行くことよりも家でゆっくりしていたいということだったので、特に予定も立てず過ごすことに。前半私が少々忙しく一緒にでかけられなかったのですがちー子は同じアパートの住人と友達になったり近所をひとり散策したりとアクティブに動き回っていました。後半はそこそこ外出もでき、ダウンタウンにも何度か一緒にいけたのでムンバイらしさを楽しんでもらえたかなーと思ってるけどどうだったかな?日曜日にだんな君と後輩君と4人で1日まるごと観光したのですが、私も初めての観光スポットにも行くことができましたので、追ってご紹介しようと思ってます。
ムンバイという街は、インド金融の中心地であり、ボリウッド等インド流行の発信地でもあるので、最先端でモノ(人も!)が溢れている元気のいい街ですが、観光というとイギリス統治時代の建物くらいしかおおっというものは無いかもしれません。街の混沌ぶりもそれなりに観光だけど、混沌だけならコルカタやベナレスのほうがいいのかもしれないし。でもここはお買物を楽しむにはいい街かなと思ってます(デリーには負けるかも)。お金持ちも外国人もほどよくいるのでチョイスが多いという点と、長く私が居るからお店を厳選できるというのが利点かな。ちなみにちー子がおみやげに買っていった品々は、パシュミナストール、カシミアストール、fabindiaのインド服、紅茶、お香、クッキー、Chimanlalsのカードやレターセット、Bombay Paperieの手漉き紙、スパイス、などなどでした。いいかんじで網羅していると思いました。
あと、ちー子が気に入っていた?のがパーシー教徒の存在。インドのパーシー教徒の殆どが現在はムンバイに居住しているのですが、沈黙の塔の話をしたらとっても興味があったみたいで、そんなこともあってパーシー料理のお店(以前ブログで紹介したものとは違うもの)にも行ってみました。写真はそのお店のイチオシデザート、チーズっぽいヨーグルトとカスタードプリンです。素朴でほんとうにおいしい。
2007年4月4日水曜日
小さな日課
それは、夕日を見ること。
アパートがわりと高い位置にあって、目の前にさえぎるものがないとこから、家のリビングから丁度良い場所で夕日が沈んでいくのをみることができる。少し離れたところにあるビルの後ろ側に、最近なら大体6時半から7時の間に、まるくてぽってりした太陽が、じわじわ赤みをおびてくる。
太陽が沈むというより、その赤みを帯びた太陽が、だんだん真ん中くらいから雲に侵食されていく感じ。たった5分くらいの時間でどんどん周囲の情景が変化するのを見るのは、いつもほぉーっと感激してしまう、実に"beauty" が"full"な美しい瞬間。写真で撮るとなんか相変わらずイマイチなんだけど、わかるかな。。。毎日毎日微妙に異なる。この時間帯は晩御飯に取り掛かっている時だから、だんな君もまだ会社で、一人のちっちゃな楽しみな時間でもあるのです。:)
太陽や月を見るのはなんとなく昔から好きだったんだけど、なぜかと考えれば、やっぱり、この二つは、どの国にいても、みんなが同じものを見ているからかなと最近は思います。
2007年1月18日木曜日
動物園の入場料は5ルピー
先週の博物館に続いて、本当は動物園の隣にあるアルバート・・・・博物館へも行きたかったのですが、こちらはまだまだ改装中とのことで、動物園だけになりました。 入場料は5ルピー=約13円で、カメラ持込費用が普通カメラ10ルピー、特別カメラ30ルピーという設定。チケットブースにも入り口にも家族連れや友達同士のグループ(主に男子)で一杯。ビニール袋やペットボトルは動物が食べちゃったりするからか持ち込みが禁止されていました。
中に入ると最初はアジアンライオン。顔のまわりのフサフサがないからメスでしょう、おとなしくしていましたが、急にそわそわし始めたと思った視線の先は隣のゾウの広場。足環をはずして飼育小屋に連れて行かれる最中でした。そのほかワニ、トラ(ベンガルタイガーではない)、サル、カバ、ヘビ(コブラがいた)、ツキノワグマ(暑そうに二匹折り重なっている)などなどがいました。動物てんこ盛りの最近の動物園とは違って、そんなに動物はいないし、見せる展示というのも特になく、芸をするわけでもないのですが、動物園自体が森のようになっていて深呼吸もできるし、芝生やベンチもあり、掃除も行き届いており、野良犬や糞を気にすることなくのんびりすごせるなかなか穴場なスポット。庶民の皆様にとっては?アジア人も珍しいみたいで、私は檻の中にいるのかしら?なんて思うほど、じっとこちらを見つめる視線を感じましたが。。。
中には滑り台もあって、子供連れの家族は楽しそう。でも広場の横の木には、山のような数の空飛ぶ物体が。ぶら下がっている物体も見えます。よーくみるとそれは、、、こうもりの大群でした!!(ってここは檻の外です!!)。日本で夕方の空に見えるものより3倍、4倍くらいの大きさがあります。またしてもワイルドな動物園@アジア(ちなみに私は同じような体験をバンコクのDusit動物園でもしました。その時は檻の外を闊歩する信じられないくらい大きな爬虫類が。。一緒にいた友達は、あぁ、これはトカゲよ。と何気なく答えたことにカルチャーショックを受けたのです)。日常なムンバイが見れる、お勧め観光&憩いのスポットに任命!
2007年1月10日水曜日
プリンス・オブ・ウウェールズ博物館
たまにはムンバイ市内を観光しようと、博物館へ行ってみました。
現在の正式名称はChhatrapati Shivaji Maharaj Vastu Sangrahalayaと言うそうですが、英語名称のPrince of Wales Museumでもドライバーさんには通じます。ここは、ジョージ5世;当時ウェールズ公=皇太子だった、が1905年にインド訪問した際に建てられたドームが博物館になっています。インド・サラセン様式といわれるこのドームだけでも見る価値アリ。中の展示物というと、仏像が結構あって感動。ブッダだけでなくヒンディの仏像というか彫刻が時代を追って展示されています。ギリシャ彫刻の影響が見られる10世紀前のものと、チベット仏教に関係する18世紀頃のものが一番多かったように思います。
その中で、特別展として近代ムンバイの成り立ちみたいのがやっていて、イギリス統治時代の文明開化的なムンバイの姿が写真や資料で説明され、最後には17分のビデオも上映。ムンバイはもともとばらばらの島だったところを1812年から最初の埋め立てを開始し、19世紀末には現在のような一つの半島の形になったとのことでその広がり方のデジタルマップがわかりやすくてよかった。この特別展は結構おしゃれにまとめてありました。1853年にBombay-Tana間に21マイルの鉄道がひかれたそうですが、これはインド初だけでなくアジア初の試みだったそう(ちなみに日本の新橋-横浜間は1872年ですよね)。こうしたことからもムンバイが当時最先端?な人の集まる大都会だったことがわかります。なぜ、ムンバイだったかというのは、貿易拠点となる良港だったこともさることながら、この時代は”Cotton Boom”つまり綿花景気?で、米国の独立戦争や南北戦争に高い需要があったからだと展示ビデオは言っていました。なるほどーこの頃から世界経済なんだよなぁといまさら気がついた次第。
博物館ドームの写真は後でできれば追加します~。
現在の正式名称はChhatrapati Shivaji Maharaj Vastu Sangrahalayaと言うそうですが、英語名称のPrince of Wales Museumでもドライバーさんには通じます。ここは、ジョージ5世;当時ウェールズ公=皇太子だった、が1905年にインド訪問した際に建てられたドームが博物館になっています。インド・サラセン様式といわれるこのドームだけでも見る価値アリ。中の展示物というと、仏像が結構あって感動。ブッダだけでなくヒンディの仏像というか彫刻が時代を追って展示されています。ギリシャ彫刻の影響が見られる10世紀前のものと、チベット仏教に関係する18世紀頃のものが一番多かったように思います。
その中で、特別展として近代ムンバイの成り立ちみたいのがやっていて、イギリス統治時代の文明開化的なムンバイの姿が写真や資料で説明され、最後には17分のビデオも上映。ムンバイはもともとばらばらの島だったところを1812年から最初の埋め立てを開始し、19世紀末には現在のような一つの半島の形になったとのことでその広がり方のデジタルマップがわかりやすくてよかった。この特別展は結構おしゃれにまとめてありました。1853年にBombay-Tana間に21マイルの鉄道がひかれたそうですが、これはインド初だけでなくアジア初の試みだったそう(ちなみに日本の新橋-横浜間は1872年ですよね)。こうしたことからもムンバイが当時最先端?な人の集まる大都会だったことがわかります。なぜ、ムンバイだったかというのは、貿易拠点となる良港だったこともさることながら、この時代は”Cotton Boom”つまり綿花景気?で、米国の独立戦争や南北戦争に高い需要があったからだと展示ビデオは言っていました。なるほどーこの頃から世界経済なんだよなぁといまさら気がついた次第。
博物館ドームの写真は後でできれば追加します~。
2006年12月10日日曜日
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