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2007年2月23日金曜日

アウランガバードのみどころ

その後、アウランガバード中心部へ移動し、ミニタージといわれるビビ・カ・マクバラ(Bibi-ka-Maqbara)へ。ここは、アウラングゼーブ帝の息子が母(Begum Rabia Durani)の記念にタージマハルを真似して建てたもの。そこまで予算はかけられなかったというけれど、ドームには大理石が使われていて、写真に収めてみると、おぉ、タージマハルに見えますね。だんな君曰く、写真を見た会社の同僚インド人もほとんど見間違えたとか。。。タージマハル行ってきたのぉ?って聞いてきたって。

このアウランガバードはご想像のとおり?アウラングゼーブ帝の名前をとってつけられた街。アウラングゼーブ帝とはムガール王朝6代目皇帝(タージマハルを 作ったのは5代目シャー・ジャハーン)。イスラム関係の建物も残されており、その中でもパンチャッキ(Panchakki)は有名とのことで行ってみた。 アウラングゼーブ帝の師匠の墓を備えた公園。噴水があるとのことだったので、覗いてみるとあらびっくり、この施設、灌漑技術を使用した噴水と貯水池だった のです。1744年に作られたこの施設(観光パンフでは1695年となっている)、5km程離れた丘から水を引き、瀧を作り、その動力で製粉機を回し て、噴水と池に水をめぐらせるという超エコロジカル且つ先進的ななシステム。
ロシア地域から引越てきたイスラム教のお坊さんが先導して作ったということが 園内の記念碑には書かれていました。アウランガバード周辺で大理石が採れるということで、パンチャッキでは大理石の土産やが並んでいました。前から欲し かったチャパティのし台がたくさんあったので、値段を聞いてみると、ムンバイのマーケットの約半額!こりゃあ買うしかないでしょうということでちょっとお 値引き交渉し、200Rsで購入。重いけど思い切ってみました(でも帰り運んだのはだんな君でした・・・)。

この後ドライバーさんのご提案により現地の織物ヒムル織(Himroo)の店に行って織物見学をしましたが、素敵な織物でしたが今回は大理石に満足してい たので買わず。ウール、綿、シルク、金糸と様々な素材で300年前から伝わる図柄を織り込むこのHimroo織、全部手作業なのにストールは500Rsく らいで買えるものばかり。落ち着いた風合いがお母さん世代には受けるのではないかしらと思いました。日本語のうまいお兄さんがいたので、結構ツアー客に商 売できてるのかな。日本ではパシュミナがあまりにも有名なので、Himurooの存在は薄い気がしますが、ものはとても良かったです。お兄さんにはブラン ド価値を高めなくっちゃあね、とアドバイス?しておきました。まず、お店のウェブサイトをもたなくっち、とか。だって、口コミの紹介とかできないじゃない ね。また、行くことあったらお店に立ち寄って吟味してみようと思います。

エローラは彫刻

翌日に行ったエローラは、もう少し開けた場所にあり、アウランガバードからも車で1時間かかりませんでした。この遺跡もまた石窟寺院ですが、面白いことに34個あるうちの石窟は1~12は仏教、13~29はヒンズー教、30~34はジャイナ教という風に並んでいます。最初の仏教窟は7世紀ごろのもので、仏教衰退期に当たるとのこと。ヒンズー教は仏教をヒンズー教の一部と考えると聞いたことがあるけれど、順番に見ていくと、その違いに気がつけなかった(知識不足・・・)。こうやっていくつかの宗教がゆるやかに交わりながら時代が変遷されていくのが、なんだかインドを表しているようだと思います。エローラにもかつては壁画があったらしいですが、途中、やはり見捨てられた時代があったのでしょう、ジプシー達の住まいになったりして、保存ができなかったとのことです(byバスの補助席で出合ったガイドさんに聞いた)。エローラは壁画よりも彫刻、というところでしょうか。特に第16窟は別格で、窟というより宮殿のようです(実際の名前はカイラサ寺院(Kailasa Temple))。象が建物を支えているところが面白い。ぐっと支えている為、ここのぞうさん達には首にしわがありました。34個全部歩くと思うと一番奥のジャイナ教をあきらめそうになりましたが、車でも行けるとのことで行ってみました。32番だったかな、2階建ての石窟は他とは少し異なり、ほおーっ綺麗。見る価値ありです。お腹が大きい彫刻はなんとなく恵比寿さんみたいで親近感さえ持ちます。

エローラもアジャンタも一瞬、ただの石窟じゃーん、って思うけど、よーく考えてみると、これ、彫ったのは仏像だけじゃなくて、石窟寺院じたいが、デカン高原の岩山を掘り出して作っている。つまり、柱も、天井も掘って作ってる。それって、どんだけ腕を振り下ろしたら進んでいけるんだろう?どうしたら、こんなでかい岩山を彫って、寺院を、お部屋をつくろうと考えられるんだろう?と心底驚きます。ちなみに、誰がこれを彫らせたかについては、この頃海外との貿易で栄えた商人達がパトロンとなったそうです。現在は世界遺産の両石窟、道路も整備されおり、沢山の観光客を迎えています。整備された背景には日本のODAも関わっているようで、州観光パンフには控えめなODAマークがつけられていました。

さて、この日エローラ見学後、来る途中通り過ぎたダウラタバード砦跡(Daulatabad Fort)へ。ガイドブックによるとこの砦は1187年にヤダーヴ(Yadav)王朝が首都に定め、130年近く栄えたとのこと。最初はDeogiriという名前だった が、途中イスラム系勢力の侵攻により一時はデリーの権力下に収められ1327年の遷都で名称がダウダラバードと変更された。その後色々あった後にインド独 立前まではハイダラバードのニザム朝(Nizam)の支配下にあったとか(by物売りの兄ちゃんから60Rsで購入の現地ガイドブック)。なんどかバードとつく物は ほぼイスラム系だから、そういう歴史が名前からも想像できます。岩山をうまく利用した砦は、頂上へ上るのに1時間くらいかかって死にそうだったけれど、 上ってみるとデカン高原を一望?できて気分がよかった。

アジャンタは壁画

連休がありましたので近場に旅行へ行きました。
ムンバイと同じマハラーシュトラ州内にある、”アジャンタ(Ajanta)”と”エローラ(Ellora)”へ2泊3日の飛行機旅です。この二つは石窟寺院群で有名で、日本の観光ツアーでもよく取り扱われているようです。

アジャンタは仏教遺跡で、紀元前1世紀と紀元後5世紀の時代の石窟があり、中でも一番の見所の壁画は鮮明でとても美しい。写真は第1窟の蓮華手菩薩(photo by だんな君)。アジャンタの壁画は後の中国・日本の仏教絵画に影響を与えたと言われています。もっとも、この遺跡は1000年以上の間ジャングルに囲まれて誰も見つけることがなかった為、壁画に手を着けられることなく残すことができたのだそう。ちなみに遺跡を発見したのは1819年虎狩中のイギリス兵士John Smithという人。見つけたSmithさんもびっくりだったろうけど、こんな山奥にまでよく虎狩に来たもんだと、その行為に私は驚きましたわ。私たちは近郊の町アウランガバード(Aurangabad)に滞在しましたが、そこから車で2時間はかかり、またその間小さな集落しかなく、ずううっと荒野が広がっているのですから。

ここは写真のように渓谷の中にひっそりと存在します(今は乾季で水がありませんが、雨季ならもっとみずみずしい緑と川が見られるでしょう)。アジャンタ遺跡へは4kmの地点で環境に配慮したマイカー規制がされており、バスに乗り換える必要があります。ちょうど満席になりかけたところ、運転手さんの後ろの補助席に乗せてくれました。眺めもいいし運転手さんとお話できるしよかったので帰りもそうしました。帰りの運転手さんはすごい喜んでくれて、横をみながらすごい話しかけてくる。お願いだから前向いて運転して~!ってくらい。ちなみにエアコン効かない場所なので半額の10Rsで乗れました♪いくら歩きやすい石窟寺院といえども炎天下。展望台まで行ったりして、久々の運動。帰りの車では景色をみる暇もなく爆睡でした。。。