2007年2月23日金曜日

エローラは彫刻

翌日に行ったエローラは、もう少し開けた場所にあり、アウランガバードからも車で1時間かかりませんでした。この遺跡もまた石窟寺院ですが、面白いことに34個あるうちの石窟は1~12は仏教、13~29はヒンズー教、30~34はジャイナ教という風に並んでいます。最初の仏教窟は7世紀ごろのもので、仏教衰退期に当たるとのこと。ヒンズー教は仏教をヒンズー教の一部と考えると聞いたことがあるけれど、順番に見ていくと、その違いに気がつけなかった(知識不足・・・)。こうやっていくつかの宗教がゆるやかに交わりながら時代が変遷されていくのが、なんだかインドを表しているようだと思います。エローラにもかつては壁画があったらしいですが、途中、やはり見捨てられた時代があったのでしょう、ジプシー達の住まいになったりして、保存ができなかったとのことです(byバスの補助席で出合ったガイドさんに聞いた)。エローラは壁画よりも彫刻、というところでしょうか。特に第16窟は別格で、窟というより宮殿のようです(実際の名前はカイラサ寺院(Kailasa Temple))。象が建物を支えているところが面白い。ぐっと支えている為、ここのぞうさん達には首にしわがありました。34個全部歩くと思うと一番奥のジャイナ教をあきらめそうになりましたが、車でも行けるとのことで行ってみました。32番だったかな、2階建ての石窟は他とは少し異なり、ほおーっ綺麗。見る価値ありです。お腹が大きい彫刻はなんとなく恵比寿さんみたいで親近感さえ持ちます。

エローラもアジャンタも一瞬、ただの石窟じゃーん、って思うけど、よーく考えてみると、これ、彫ったのは仏像だけじゃなくて、石窟寺院じたいが、デカン高原の岩山を掘り出して作っている。つまり、柱も、天井も掘って作ってる。それって、どんだけ腕を振り下ろしたら進んでいけるんだろう?どうしたら、こんなでかい岩山を彫って、寺院を、お部屋をつくろうと考えられるんだろう?と心底驚きます。ちなみに、誰がこれを彫らせたかについては、この頃海外との貿易で栄えた商人達がパトロンとなったそうです。現在は世界遺産の両石窟、道路も整備されおり、沢山の観光客を迎えています。整備された背景には日本のODAも関わっているようで、州観光パンフには控えめなODAマークがつけられていました。

さて、この日エローラ見学後、来る途中通り過ぎたダウラタバード砦跡(Daulatabad Fort)へ。ガイドブックによるとこの砦は1187年にヤダーヴ(Yadav)王朝が首都に定め、130年近く栄えたとのこと。最初はDeogiriという名前だった が、途中イスラム系勢力の侵攻により一時はデリーの権力下に収められ1327年の遷都で名称がダウダラバードと変更された。その後色々あった後にインド独 立前まではハイダラバードのニザム朝(Nizam)の支配下にあったとか(by物売りの兄ちゃんから60Rsで購入の現地ガイドブック)。なんどかバードとつく物は ほぼイスラム系だから、そういう歴史が名前からも想像できます。岩山をうまく利用した砦は、頂上へ上るのに1時間くらいかかって死にそうだったけれど、 上ってみるとデカン高原を一望?できて気分がよかった。

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